四国88ケ寺霊場 
第74番札所 甲山寺
  こうやまじ

住所  香川県善通寺市弘田町1765 電話 0877−63−0074

弘法大師は善通寺と曼茶羅寺との間に寺院を建立しようと霊地を探していた。すると、甲山の麓で一人の翁に出会い、「私は苦からこの地に住み、人々に限りない幸福と利益を与え、仏の教えを広めてきた聖者である。この地に寺を建立すると良い。そうすれば、その寺は私がいつまでも守護するであろう」と告げたという。大師はさっそく石を割って、昆沙門天像を刻み、山の岩窟に安置した。これが甲山寺の始まりである。そののち弘仁十二年。嵯峨天皇より満濃池の修築を下命された大師は、その年の五月に下向し、寺で工事の完成祈願の秘法を修し、さらに成功を願って座像二尺五寸の薬師如来像を刻んで安置した。黒四タム七分の一の貯水量を誇る満濃池は、弘仁九年に大決壊、朝廷が派遣した築地使の手には負えなかった。大師が監督するや、あれ程手を焼いた難工事も僅か三ケ月で成。大師はこれ偏に薬師如来の加護であるとし、勅賜金の一部で堂塔を建立、先の薬師如来を本尊として祀り医王山と命名した。寺号は山の形が毘沙門天の甲に似ていることから甲山寺とし札所に定めたと言われる


山 門

大師堂は本堂の左手にある石段を登ったところの正面に建っている。中には黒衣を
まとった大師像が祀られている。また、近くには鐘楼や毘沙門天を安置している岩
窟もあり、いかにも霊地らしく、辺りは清浄な空気に満ちているかのようである。

本尊 

薬師如来

開基 

弘法大師

本尊の真言
おん ころころ 
せんだり まとうぎ
 そわか         
満濃池の修築工事別当に任じられたのは、大師が48歳になった年。すでに高野山の金剛峯寺を開創していて、その工事指導ぶりの見事さは朝廷にも達していた。満濃池には朝廷から築池使として路真人浜継が派遣されて、堤防工事にあたっていたが、3年がかりでもたついている。そこで朝廷では、土地の人たちから慕われているうえに、土木工事にも明るい大師を別当として派遣すると、工事も成功した。




安地蔵尊
大師堂へ登る石段の隣りに祀られているお地蔵様。ある時、子供に恵まれない女性がお参りし、地蔵の前掛けを持って帰ったところ、めでたく子供に恵まれたという。そのお礼に新しい前掛けを作ってお供えした。それ以来、子供を授かるありがたい地蔵として、前掛けを持って帰っては新しく作り、お礼にお供えしていく参拝者が後を絶たないとか。



大 師 堂
















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