四国88ケ所霊場 
第80番札所 国分寺
 こくぶんじ

住所 香川県綾歌郡国分寺町国分電話 087−874−0033



山 門
本尊 

千手観世音菩薩

開基 

行基菩薩

本尊の真言 

おん ばざら たらまきりく
         

本 堂
鎌倉中期の建築で、重要文化財。かっての講堂を再建したもの。本尊重要文化財はケヤキの一木造りで、開帳されない秘仏。この本尊には「弘治三丁六月二十八日四国中辺路同行二人」「大永八年五月二十日宝石宮島一之浦同行四人南無大師遍照金剛」という落書きがあり、室町時代に遍路が来ていたことがうかがえる。



大師堂
本堂に向かって右手の塀の中にある。多宝塔のような二重塔で、
塔の部分が大師堂、手前の建物の中が納経所と、線香やみやげものなどの
売場。大師堂へは納経所の中からおまいりするようになる。堂の前に
は千体水子地蔵がまつられている。
国分寺は天平13(741)年、聖武天皇の勅願行基菩薩の開基にして国家安穏五穀豊穣万民薬楽等祈願のためまた地方文化の発展を願って国ごとに建立された讃岐の国分寺である 讃岐国分寺として、行基が十一面千手観音を安置して開基した。この開創から時代が降った弘仁年間、四国を巡錫中の弘法大師が当寺に久しく留錫され、行基作の五・三メートルの大立像 (本尊) の損傷箇所を補修、そして四国第八十番札所と定められた。その後、天正年間(1579〜1591)に兵火にかかり、本堂と鐘楼を残して伽藍を焼失。慶長年間(1596〜1614)に讃岐国守・生駒一正(いこまかずまさ)によって再興され、江戸時代には高松藩主松平家代々によって庇護された。参道両側には八十八カ所の本尊の石仏が並び、境内には地蔵堂や閻魔堂、緑結社(えんむすびしゃ)などさまざまなお堂や社が点在している。


境内の松林の門には、旧金堂の礎石33個が残っている。36個あったが、3個はほかへ移されているという。旧金堂は間口が七間、奥行き四問の建物だったそうである。行基が開基した後の平安初期に、弘法大師が巡錫して本一等の補修をし、諸堂を修復したと伝えられている。その後兵火や失火で荒廃を重ねたが、江戸時代には高松藩主松平氏の保護を受け、寺運は隆盛だったという。本堂への参道の両側をはじめ境内には松の木が多く、その松の枝ぶりはそれぞれ見事で、広い境内にある歴史の遺産を彩ってVlる。荘厳の気がある寺院で、天平の面影が感じられる。本尊の千手観音はケヤキ材の一木造りで、5m余の高さがある。秘仏なので拝観できないが、国の重要文化財に指定されている。大師堂は本堂に向かって右手に建っている。多宝塔かと見まがうような二重塔で、鉄筋コンクリートの新しい建物だ。千体地蔵も安置されている納経所は大師堂の手前にある。



































大 師 堂











福 松







四国霊場会公認 大先達さんの井村さんさん

近くの観光
讃岐国分寺跡資料館讃岐国分寺跡発掘調査により出土した瓦などの遺物や、イラストパネルなどで讃岐国分寺の歴史を紹介した資料館。20分の1で復原された精巧な金堂模型は見もの。また、隣接する発掘跡整備地では、実物大に復原された築地塀や、僧房の内部などを見ることができる。


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